以前「サバイバルファミリー」を見たとき、違和感というか、納得できない部分があった。
米屋のおばさん(渡辺えり)が、ロレックスや現金を差し出す客に文句をいうシーン。
「こんなものじゃ腹の足しにならんでしょうが!」
「うちが欲しいのは、今すぐ飲める水か、今すぐ食えるもんだ!」
一切の電気部品が使えなくなった世界では、お金が価値を失い、物々交換の時代に戻る。
ということなんだが、はたしてホントにそうなるのか!?
ここはチョット納得できない。
ちなみに映画自体はメッチャ面白い。
見てない人は是非!

お金がなくなるのは、どんな世界?
海外映画の刑務所シーンでは、お金で物資(主にタバコ)を購入するシーンがある。
また、タバコ自体が通貨のように扱われてるのも目にする。
これがホントかどうか知らんケド。
「フォールアウト」というアメリカ・ドラマでは、コーラのボトルキャップが通貨として使われてる。
一方で「マッドマックス」や「北斗の拳」の世界では通貨は出てこない。
この通貨の有無の違いはなんなのか?
ボクなりに考えてみた。
それは 秩序、つまり「ルール」があるかないかの違い じゃないか。
刑務所なんてバチバチにルールのある社会。
フォールアウトに出てくる町では、法律こそないが、暗黙のルールみたいなものはある。
だから、手あたり次第に人殺しや暴力が起きているわけでもない。
でも、マッドマックス、北斗の拳に限っては「なんでもアリ」の世界。
カオス状態になって、はじめてお金は機能しなくなる のでは?
未来ではお金がなくなる話①
成田悠輔さんは『22世紀の資本主義・やがてお金は絶滅する』という本を出している。
本は読んでいないけど、この話についてはテレビやYouTubeで何度も聞いた。
成田さんが描く未来では、仕事や貢献、取引、信用といったものがすべてデータとして残る。
そのデータをAIやアルゴリズムが読み取り、その人が何を得られるのかを決める、というもの。
つまり、途中に「お金」を挟む必要がなくなる わけだ。
考えてみれば、お金のデータ化はすでに始まっている。
クレジットカードやPayPay、銀行振込も、実際にお札や硬貨を介してるわけではない。
動いているのはデータのみ。
ただし、そのデータは「円」や「ドル」という共通の尺度で表している。
成田さんの描く未来では、その「円」すら必要なくなる。
でも、仕事に対する「対価」という概念までなくなるわけではない。
お金という共通の尺度がなくなっても、お金が表していた「価値」はデータに引き継がれる。
人それぞれデータに違いがあるなら、価値の差もなくならない。
つまり、お金がなくなっても格差はなくならないってわけだ。
未来ではお金がなくなる話②
もう1つ「ポスト希少性社会」という考え方がある。
AI・ロボットによって、物やサービスを無制限に生み出せるようになったら?
食料も服もエネルギーも、欲しい人全員に行き渡る。
そうなれば希少性がなくなり、お金を払って手に入れる必要もなくなるって話。
でも、完全に希少性を無くすのは無理 だよね。
例えば土地。
仮に全ての人が所有することができても、場所による良し悪しがあるよね。
誰がどの土地を手に入れるか、どうやって決めるの?
世界に1つしかない物だってある。
100人しか手に入れられないものを1万人が欲しがったら、誰に渡すの?
それを決めるのって、やっぱりお金じゃないの。
もしくは、成田さんの言うデータになるよね。
サバイバル社会とAI社会、お金がなくなるのはどっち?
「ダイコン1本はジャガイモ2個に相当」
「ジャガイモ1個はニンジン2本に相当」
「じゃあ、ダイコン1本はニンジン何本?」
なんてことを毎回やってたらメンドクサイ!
だから、価値を「共通の尺度」で表して交換できるお金ができたわけで。
それこそ貨幣に近い仕組みは紀元前からあったもの。
「サバイバルファミリー」の電気機器が使えなくなった程度では、お金は価値を失わないでしょ。
野菜も作れ、漁もでき、豚の飼育もできる。
生産性があって、秩序だってある。
電気機器が使えないからって、紀元前より不便ってことはないでしょ。
そんな程度じゃ、お金がなくなることはないよね。
じゃあ、AI社会ならお金がなくなるのか?
たぶん、そうでもない。
お金そのものはなくなっても、その価値を引き継ぐ「何か」が残る。
結局、人間が「価値」を必要とする限り、お金も姿を変えて残り続ける んじゃないだろうか。


